水力発電所めぐり~その5:関電草野川,高時川,耳川発電所,北陸電力疋田発電所,県民生協粟野発電所~

2025年4月20日の日記

今日は滋賀県北部の高時川発電所から福井県の耳川発電所,疋田発電所を訪問します。最後に,某?方面で有名な,黒河川発電所跡を訪ねます。

☆関西電力草野川発電所

関電草野川発電所1.jpg

ここは1939年12月運転開始の発電所で,伊吹発電所や小泉発電所同様,関西電力の前身,宇治川電氣が建設した発電所です。出力は2,300kWです。水車はペルトン水車で,こういう水路式の発電所では比較的珍しいです。

近江水力電氣の姉川発電所から近く,この辺りは伊吹山系から流れ落ちる水量が多く,また,山も迫っていて,川幅が狭くなっているところが多く,早くから水力発電が盛んです。

長浜市高山町にあります。草野川の上流部で,ここから上流側には集落はありません。

草野川の川岸に三角屋根の古そうだけれど,美しい建屋の発電所があります。

関電草野川発電所3.jpg 水圧鉄管

発電所の反対側にある,水圧鉄管です。桜の時期には少し遅かったのですが,満開の頃はとてもきれいでしょう。

関電草野川発電所4.jpg 変電所

トランスが見えますね。左の電柱から送電しています。

関電草野川発電所2.jpg

取水は草野川の本流ではなく,支流の東俣谷川からで,取水口は5ヶ所もあります。そのうち,最大の深谷えん堤を見に行こう,と思ったのですが.......。

東俣谷川林道.jpg 林道。大変危険☔です。

軽自動車でもギリギリ,と言うくらい細い道。すぐ横は崖ですし,このように路肩も弱そうだし,また,こういう道が延々と続くので止めました。もちろん,携帯もつながりません。うっかり,脱輪して,JAFを呼ぼうとしても,連絡が取れそうにありませんし,そもそも救援車が通れる道ではありません。とても危険ですので,取水口を見に行くのはやめた方がよい,と思います。

☆高時川発電所

山を越えて,今度は高時川の発電所を見に行きます。

ここも宇治川電氣が1925年12月に運転を開始しした発電所ですが,草野川発電所より14年早いです。出力は1000kWで,フランシス水車を使っているようです。

ここはぜひ,見に行きたい,と思っていました。なんと,建屋が木造で,美しくピンクに塗られていて,とてもきれいです。

こういうところ,水力発電所のよいところですね。周囲の景観に溶け込んで,あたかも自然をうまく利用してエネルギーを取り出しながら,自然に逆らわず,自然の恩恵にあずかっている,という感じがします。

高時川発電所.jpg 美しい木造の建屋です。

中央に玄関があり,奥の高い建物は変圧器を収納しているようで,周囲から60Hzの低いうなり音がしていました。送電線もそこから出ていました。

高時川発電所6.jpg こっちの建屋は変圧器を収納しているようです。

高時川発電所5.jpg 巨大な水圧鉄管。

さすが,宇治川電氣は大企業なだけあって,立派な設備です。

高時川発電所2.jpg 1972年に更新されているようです。

高時川発電所1.jpg 取水えん堤

3kmほど上流に取水えん堤があります。奥に魚道が見えます。手前から取水しています。

高時川発電所3.jpg えん堤保守用の作業小屋

☆耳川発電所

関電耳川発電所2.jpg ずっと建屋は小さいです。

隣りの福井県へ抜けて,今度は美浜町の耳川の発電所を見に行きます。ここは,iruchanは昔,見に来たことがあります。

ここは運転開始は1917年と古く,建設したのは耳川水力電氣です。出力は1,300kWで,フランシス水車を使っています。

関電耳川発電所1.jpg 九州にも同じ名前の発電所があります。

関電耳川発電所.jpg 大変な急傾斜。登るのは大変でしょう。

関電耳川発電所水圧鉄管.jpg 鉄管の銘板

1963年に更新されているようです。

関電耳川発電所取水えん堤.jpg 取水えん堤

上流に2kmほど行ったところにある,取水えん堤です。かなりの水量が流れていました。支流の横谷川にも取水口があるのですが,見に行っていません。

ここから上流はどんどん道が細くなり,最後はクルマが通れなくなってしまいますが,滋賀県側へ抜けられるようです。災害時の避難路として,高規格の道路を作る計画があるようです。

☆県民生協黒河川発電所

黒河川水力発電所.jpg この連絡橋はもとの粟野発電所の設備です。

美浜から,敦賀へ抜けると,ここにも発電所がいくつかあります。

耳川の東側に,黒河川(くろこがわ)という川があり,1910年に敦賀電燈が建設した,出力250kWの粟野発電所があり,敦賀の工場や街中の電灯用に電力を供給しましたが,四国や近畿に大きな被害を出した,1965年9月17日の台風24号により被災し,同年12月24日に廃止になりました。

ここ,実は某方面? でとても有名で,最近まで,取水口から発電所跡まで,かなりの遺構が残っていて,実際に探検した人もいるようです。

それで,iruchanも実際に,いろいろと見てみたい,と思っていたのですが........。

なんと,聞いてはいましたが,福井県の生協がこの発電所跡を再利用し,新たに発電所を建設中です。出力490kWで,今年6月竣工予定です。

行ってみると,もうほとんど遺構としては残っていないようです.......🌀。

黒河川発電所取水えん堤.jpg 取水えん堤

このえん堤も再利用され,あらたにコンクリートのえん堤がほぼ完成していました。

手前の水路が新しい導水路で,もとの古い水路を利用しています。このように,コンクリ造のあたらしい側壁が設けられていて,もとの石造の水路は形をとどめていません。

発電所も敷地はもとの粟野発電所の場所で,石垣と連絡橋が少し,残っている程度です。

iruchanは環境重視派なので,こういう水力発電所の建設には賛成なのですが,ちょっと古い遺構がなくなってしまうのは残念です。九州の曽木発電所(1909~1965)も,2013年に復活していますが,こちらは古い発電所の建屋が残っているようなので,一度,見に行きたい,と思っています。

☆北陸電力疋田発電所

北陸電力疋田発電所.jpg

疋田と言えば.......鉄ちゃんなら超有名撮影地ですよね☀

ここには発電所があり,iruchanも小さい頃からよく知っています。

滋賀県の湖西を走る国道161号と,湖東を走る8号線の合流地点に取水口があるのも知っていました。

今回,改めて訪問してみました。

北陸電力疋田発電所1.jpg 建屋の取水口

こんな建屋じゃなかったはずでは......と思ったら,1999年に改修されているようです。昔は緑の三角屋根の建物でした。

開業は1923年で,出力530kWでしたが,改修後,580kWに増力されています。

北陸電力疋田発電所取水口.jpg 取水えん堤

こちらはおそらく建設当時のまま,と思います。魚道も備えた立派なえん堤です。

北陸電力疋田発電所取水口1.jpg 取水口。

疋田橋梁.jpg 旧8号線橋梁

右が現在の8号線の橋梁ですが,旧橋梁が残っています。階段は取水口へ行く階段です。

さらに左に橋脚跡が見えますが,これが柳ヶ瀬線(旧北陸本線)の橋脚跡です。

☆杉本隧道

高時川の上流,木之本町杉本から隣りの余呉町中河内へ抜ける県道に古いトンネルが残っていますので,見に行きました。

杉本隧道.jpg 杉本隧道

古そうなトンネルポータルがとても美しいです。

杉本隧道1.jpg 内部

防水用のシートが入口付近にありますが,内部はコンクリートの覆工がよく見えます。

杉本隧道2.jpg 銘板

余呉町側の坑口にある銘板です。

昭和23(1948)年竣工とあるのが謎.......。ほかの資料では大正7(1918)年ですし,どうしてこの年代なのか.....。

どうやら,もとは近くの土倉鉱山の銅鉱石を中之郷駅から運び出すために1918年に完成したトンネルで,施工は土倉鉱山です。それを戦後になって自動車が通れるよう,拡幅工事をしたらしいです。

どうも,土木の専門家が見たらかなり工事が初歩的らしく,作ったのが鉱山屋と聞いて納得。おそらく,あまりトンネル工事など知らない人が設計し,そのため,早期に問題になって戦後すぐに改修したのではないか,と思います。

だったら,改修工事記録って書いておけよ......って思いますけどね🌀。

もしかして中之郷駅まで,ナローの鉄道で運んだか,とも思いましたが,そういう話はないので,当時は荷馬車だったのだろう,と思います。

丹生隧道.jpg 余呉町側坑口

もうひとつの謎........。なんと,こちらは,丹生隧道と書かれています🌀。苔むしていて,よく読めませんけどね.....。

どうもこちら側が丹生地区という地名だから,のようですけど......。

☆谷坂隧道

谷坂隧道.jpg

草野川発電所から国道8号線へ抜ける前にこのトンネルも通りました。

こちらは1935年竣工のトンネルで,さすがにこちらは滋賀県が公費で建設したトンネルだけあって,坑口も門柱のようなピラスターと呼ばれる排水口を備え,要石と扁額も備えたとても立派なトンネルです。扁額は当時の滋賀県知事の村地信夫(1887~1941)の揮毫のようです。

設計者は有名な村田鶴(むらた かく 1884~1945?)で,滋賀県庁勤務時に多数のトンネルを設計しています。一見,岩を切り出して作ったように見えますが,ポータルはコンクリ造で,昔ながらの威風堂々たるトンネルに見えるよう,工夫されたデザインだと思います。

戦前の官公署,特に裁判所が国家の権威を示すため,極めて格調高いデザインであるのと同様,技術の進歩と近代国家建設に躍進する国家の威光を示すため,重厚で威圧的とも言える,デザインとした,という見方もできる,とは思いますが.....。

近くに浅井三姉妹で有名な小谷城もあり,資料館もありますので,ぜひ近くへお越しの際はこのトンネルも見学されるとよいか,と思います。

☆田代隧道

田代隧道.jpg

さて,今日はもうひとつ,このトンネルも訪問しました。

耳川発電所の下流側に新庄という集落があり,隣りの田代集落との間に小さな古いトンネルがあります。

1925年開通の田代トンネルです。この集落はどちらも結構大きく,往来が多かったのだと思いますが,行き来するには耳川と横谷川の合流点まで迂回するか,この山を越えるかしかなく,不便だったので,寄進を募ってトンネルを開通させたようです。記念碑と,寄進者の名前を記した石碑が建っています。

どちらの坑口にもお地蔵様がいらっしゃって往来の人々の安全を祈願しています。地元の方がとても愛されていることが分かります。

田代隧道1.jpg とても狭い内部。

さすがに内部はおそらく,戦後にモルタルで覆工されています。

なお,このトンネルの名称が不明です。扁額がありませんし,案内板もなく,この記念碑にも名前がありません。googleマップでは新庄のトンネルと出ていましたが,福井県教育委員会編纂の "福井の近代化遺産" ('99.3刊行)には田代隧道とありますので,この名前を使いました。

こんな美しいトンネルを3つ,見ることができて,とてもよかったです。

     ☆          ☆            ☆

今日のお昼は浅井町のキテハ食堂。古民家を修理して美しく改装した食堂で,地産地消の地元の野菜を主体とした自然食がいただけます。

キテハ食堂3.jpg 古民家を改修した,美しいキテハ食堂

キテハ食堂.jpg 平飼い玉子のグラタン

ご飯もつやつやで美味しそう。きんぴらごぼうやサラダ,お味噌汁も美味でした。味噌は自家製だそうです

てっきり,近くの農家さんから仕入れた卵か,と思ったら店先に大きな鶏小屋があり,近くへ寄ったら,雌鶏たちがコッ,コッと寄ってきて大歓迎? というより,なんやこのオッサン,と思っているのでしょうけど,でした。

彼女たちの産んだ卵だったのですね......。本当にどうもありがとう。

そういえば,高校生の時,iruchanが遊びに行った友だちのお宅で,帰りにお母さんから新鮮な卵をいただいて帰ったことがあります。お庭に鶏小屋があり,そこの卵でした。生んだ日付が鉛筆で書いてあって,とても面白かったし,iruchanは玉子料理大好きなので,うれしかったのを覚えています。

iruchanもにわミソはミソは家で飼いたいのですけどね......。嫁ストップがかかっています.......🌀。

とても美味しいお昼で大感激でした。常々,iruchanは子供らにはこういう自然食を食べてもらおう,と思っているんですけど,愚息も大喜びでした。

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